事務局, 市民遺産研究会

筑豊炭田遺跡群 国の史跡に答申

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筑豊炭田遺跡群 国の史跡に答申(2018/6/15)

http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/1406111.html

文化審議会(会長佐藤さとう 信まこと)は,6月15日(金)に開催された同審議会文化財分科会の審議・議決を経て,史跡名勝天然記念物の新指定14件,追加指定等31件,登録記念物の新登録1件,重要文化的景観の新選定2件,追加選定1件について,文部科学大臣に答申しました。今回答申された史跡等の指定等の詳細については,別紙のとおりです。

この結果,官報告示の後に,史跡名勝天然記念物は3,256件,登録記念物は107件,重要文化的景観は63件となる予定です。

(別紙より抜粋)

筑豊炭田遺跡群 

・三井田川鉱業所伊田坑跡 

目尾炭坑跡 

筑豊石炭鉱 業組合直方会議所及救護練習所模擬坑道

【福岡県田川市・飯塚市・直方市】

福岡県北部の遠賀川流域に開発された,明治中期から昭和20年代にかけて,我が国最大の炭田であった筑豊炭田の遺跡群である。炭鉱経営は中央財閥,筑豊地方の有力者,小坑主によるものであった。筑豊炭田は明治30年(1897)には全国産出量の50%を超え,昭和15年(1940)を出炭量のピークとしてその後は漸減し,昭和48年(1973)までに閉鎖となった。

三井田川鉱業所伊田坑跡は,筑豊最大規模を誇った炭坑跡で明治43年(1910)築の竪坑櫓1基と,炭坑節でも唄われた明治41年(1908)築の煉瓦煙突2基が残存し,竪坑の巻上機室や汽缶場の基礎などが確認された。

目尾炭坑跡は杉山徳三郎(すぎやまとくさぶろう)が明治14年(1881)に筑豊で初めて蒸気機関による排水に成功した遠賀川沿岸の炭坑で,杉山が排水に成功した竪坑を覆うコンクリート製蓋や煙突基礎などを確認した。

明治43年に完成した旧筑豊石炭鉱業組合直方会議所には,筑豊の炭坑経営者たちが集まり,採炭制限や保安対策などについて議論した。同組合の救護練習所模擬坑道は,大正9年(1920)に設置された煉瓦造と鉄筋コンクリート造のアーチ型の練習坑道で,炭坑の深部掘削を背景とした爆発事故に対応して作られたものである。石炭業を採炭,運搬,労働環境など多岐の面より理解する上で重要である。

(参考)

杉山徳三郎(1839~1930)は長崎の技師。1879年に長崎県で開かれた博覧会でイギリス製揚水ポンプを知り、2台を購入して目尾炭鉱に設置した。政府の力に頼らず、個人資本で機械化を実現させたことで有名。スペシャルポンプはカメロンポンプとも呼ばれ、蒸気でピストンを動かす仕組み。導入されるまで、炭鉱では地下水を人力でくみ出しており、地中深く掘ることはできなかった。

二本煙突・竪坑櫓・練習坑道・目尾炭鉱跡

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